話題の本【書評】(2024年9月~) - 2024.10.31
修法と布教
付『仏伝』を読む
加持祈祷などの修法は智恵と慈悲を得るための修行である。昨今の修法の在り方に警鐘を鳴らし、仏道の根本は布教にあると説く。
著者 | 今井 幹雄 著 |
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出版社 | 法藏館 |
ジャンル | 日本仏教 > 真言宗系(密教含む) |
出版年月日 | 2014/07/29 |
ISBN | 9784831864284 |
判型・ページ数 | 4-6・141ページ |
定価 | 本体1,000円+税 |
在庫 | 在庫あり |
加持祈祷などの修法の真髄は、智恵と慈悲である。修法は智恵と慈悲を得るための修行である。誤解され権威化された昨今の修法の在り方に警鐘を鳴らしつつ、仏道の根本は布教にあると説く
如是我聞(聞く心)
道の遠きを喜ぶ
何故仏足を拝むのか
魔性跳梁の時代
仏教は加持と布教
加持力は光明である
光明は智慧である
仏像ルックとは何か
耳が象徴する慈悲心
仏になった女性たち
香華が象徴するもの
五分法身とは何か
懺悔こそ僧の基本
懺悔こそが宗教である
修法は智慧と慈悲慈悲行
わが心水仏日を宿す
何を供養するのか
誓願を供物とする
法流とは何か
事教二相興隆の爲に
日常に信仰を語る
仏身となっての説法
正念誦=言葉の大事
梵字は仏身の象徴
邪淫は身心の侵犯
振鈴に関する戯論
俗思考による誤解釈
四方四仏が教えるもの
本有の仏性を自覚する
振鈴の作法が教えるもの
閼伽は仏身の象徴
掌は人間業(煩悩)の象徴
合掌は煩悩否定の象徴
禅僧一夜の宿を乞う話
指は相対の大事を教える
孝行を強要してはならない
外見で差別してはならない
無益な指は存在しない
五色光印と五種の修法
「薬指」の謎の解明
付章 『仏伝』を読む
はじめに
天竺渡来石像大仏伝浮彫
天竺渡来『仏伝』への誘い
前生譚は人間誕生の背後にある慈悲行を物語る
右脇降誕七歩遊歩は生命の清浄性と修行とを象徴する
四門出遊に象徴される人間苦の直視こそ求道の原点
一切の修行はこの世的なるものを捨てることに始まる
六年間の難行苦行に象徴される六道輪廻の生命の修行
結跏趺坐は大盤石の姿勢こそ仏道成就の基本であることを教える
中道とは苦楽の世間を出て出世間法に生きることである
提婆達多に象徴されているのは因果応報の世界である
仏陀にとって三界はわが有・衆生は悉くわが子である
人間誕生の尊さを改めて憶念させる仏陀釈尊の大涅槃
あとがき
道の遠きを喜ぶ
何故仏足を拝むのか
魔性跳梁の時代
仏教は加持と布教
加持力は光明である
光明は智慧である
仏像ルックとは何か
耳が象徴する慈悲心
仏になった女性たち
香華が象徴するもの
五分法身とは何か
懺悔こそ僧の基本
懺悔こそが宗教である
修法は智慧と慈悲慈悲行
わが心水仏日を宿す
何を供養するのか
誓願を供物とする
法流とは何か
事教二相興隆の爲に
日常に信仰を語る
仏身となっての説法
正念誦=言葉の大事
梵字は仏身の象徴
邪淫は身心の侵犯
振鈴に関する戯論
俗思考による誤解釈
四方四仏が教えるもの
本有の仏性を自覚する
振鈴の作法が教えるもの
閼伽は仏身の象徴
掌は人間業(煩悩)の象徴
合掌は煩悩否定の象徴
禅僧一夜の宿を乞う話
指は相対の大事を教える
孝行を強要してはならない
外見で差別してはならない
無益な指は存在しない
五色光印と五種の修法
「薬指」の謎の解明
付章 『仏伝』を読む
はじめに
天竺渡来石像大仏伝浮彫
天竺渡来『仏伝』への誘い
前生譚は人間誕生の背後にある慈悲行を物語る
右脇降誕七歩遊歩は生命の清浄性と修行とを象徴する
四門出遊に象徴される人間苦の直視こそ求道の原点
一切の修行はこの世的なるものを捨てることに始まる
六年間の難行苦行に象徴される六道輪廻の生命の修行
結跏趺坐は大盤石の姿勢こそ仏道成就の基本であることを教える
中道とは苦楽の世間を出て出世間法に生きることである
提婆達多に象徴されているのは因果応報の世界である
仏陀にとって三界はわが有・衆生は悉くわが子である
人間誕生の尊さを改めて憶念させる仏陀釈尊の大涅槃
あとがき