新聞掲載広告(2024年9月~) - 2024.11.19
大乗非仏説をこえて
大乗仏教は何のためにあるのか
《末木文美士氏》《佐々木閑氏》《宮崎哲弥氏》推奨!
出現当初から「大乗非仏説論」に晒され続けた大乗仏教は、非仏説論を厳しいトレーナーとして、自身の存在意義を懸命に探し求めてきた。しかし、内外に問題をかかえ、新来のテーラワーダ仏教の正統性に追従していては、日本の大乗仏教諸宗は存在意義を見失ってしまう。的確な論証で原始仏教・部派仏教とは異なる存在意義を明快に説き、大乗仏教の使命を高らかに宣言する、斬新な大乗論!
出現当初から「大乗非仏説論」に晒され続けた大乗仏教は、非仏説論を厳しいトレーナーとして、自身の存在意義を懸命に探し求めてきた。しかし、内外に問題をかかえ、新来のテーラワーダ仏教の正統性に追従していては、日本の大乗仏教諸宗は存在意義を見失ってしまう。的確な論証で原始仏教・部派仏教とは異なる存在意義を明快に説き、大乗仏教の使命を高らかに宣言する、斬新な大乗論!
まえがき
序論 大乗仏教は存在意義を求めずにはいられない
一 はじめに
二 仏教は一つの宗教であり得るか
三 大乗仏教には存在意義があるか
四 大乗非仏説は大乗仏教の恥部か
五 存在意義をいかにして求めるか
六 おわりに
第一章 大乗仏教は出自を疑われずにはいられない
一 はじめに
二 神話的大乗起源説
三 歴史的大乗起源説
四 大乗非仏説論小史
五 おわりに
第二章 大乗仏教が仏説であることは論証できない
一 はじめに
二 直接的大乗仏説論
三 間接的大乗仏説論
四 変則的大乗仏説論
五 超越的大乗仏説論
六 おわりに
第三章 大乗仏教が悟りを齎すことは否定できない
一 はじめに
二 体験的大乗仏説論Ⅰ 教門篇
三 体験的大乗仏説論Ⅱ 禅門篇
四 大乗仏教の悟りとは結局何か
五 おわりに
第四章 大乗仏教は歴史的ブッダへの回帰ではない
一 はじめに
二 大乗仏教歴史的ブッダ回帰説
三 大乗仏教仏伝的ブッダ模倣説
四 大乗仏教は結局いかなる道か
五 おわりに
第五章 大乗仏教は部派仏教へと還元可能ではない
一 はじめに
二 部派仏教へと還元可能な要素
三 部派仏教へと還元不能な要素
四 大乗仏教は結局どこにあるか
五 おわりに
第六章 大乗仏教は閉ざされた仏教ではいられない
一 はじめに
二 大乗非仏説は法華と浄土の問題
三 法華と浄土はなぜ排他的なのか
四 開かれた仏教と閉ざされた仏教
五 閉ざされた仏教と大乗非仏説論
六 閉ざされた仏教は開かれてゆく
七 閉ざされた仏教は存続してゆく
八 おわりに
第七章 大乗仏教が加護を得ることは否定できない
一 はじめに
二 体験的仏身土実在論Ⅰ 仏身篇
三 体験的仏身土実在論Ⅱ 仏土篇
四 大乗仏教はあくまで宗教である
五 おわりに
結 論 大乗仏教は仏教を超えてゆかずにいられない
一 はじめに
二 大乗仏教は独立した宗教である
三 独立は堕落の免罪符たりえない
四 歴史的ブッダは上座部に任せよ
五 大乗仏教は混血性を誇ってよい
六 大乗仏教は何のためにあるのか
七 おわりに
略号
註
索引
序論 大乗仏教は存在意義を求めずにはいられない
一 はじめに
二 仏教は一つの宗教であり得るか
三 大乗仏教には存在意義があるか
四 大乗非仏説は大乗仏教の恥部か
五 存在意義をいかにして求めるか
六 おわりに
第一章 大乗仏教は出自を疑われずにはいられない
一 はじめに
二 神話的大乗起源説
三 歴史的大乗起源説
四 大乗非仏説論小史
五 おわりに
第二章 大乗仏教が仏説であることは論証できない
一 はじめに
二 直接的大乗仏説論
三 間接的大乗仏説論
四 変則的大乗仏説論
五 超越的大乗仏説論
六 おわりに
第三章 大乗仏教が悟りを齎すことは否定できない
一 はじめに
二 体験的大乗仏説論Ⅰ 教門篇
三 体験的大乗仏説論Ⅱ 禅門篇
四 大乗仏教の悟りとは結局何か
五 おわりに
第四章 大乗仏教は歴史的ブッダへの回帰ではない
一 はじめに
二 大乗仏教歴史的ブッダ回帰説
三 大乗仏教仏伝的ブッダ模倣説
四 大乗仏教は結局いかなる道か
五 おわりに
第五章 大乗仏教は部派仏教へと還元可能ではない
一 はじめに
二 部派仏教へと還元可能な要素
三 部派仏教へと還元不能な要素
四 大乗仏教は結局どこにあるか
五 おわりに
第六章 大乗仏教は閉ざされた仏教ではいられない
一 はじめに
二 大乗非仏説は法華と浄土の問題
三 法華と浄土はなぜ排他的なのか
四 開かれた仏教と閉ざされた仏教
五 閉ざされた仏教と大乗非仏説論
六 閉ざされた仏教は開かれてゆく
七 閉ざされた仏教は存続してゆく
八 おわりに
第七章 大乗仏教が加護を得ることは否定できない
一 はじめに
二 体験的仏身土実在論Ⅰ 仏身篇
三 体験的仏身土実在論Ⅱ 仏土篇
四 大乗仏教はあくまで宗教である
五 おわりに
結 論 大乗仏教は仏教を超えてゆかずにいられない
一 はじめに
二 大乗仏教は独立した宗教である
三 独立は堕落の免罪符たりえない
四 歴史的ブッダは上座部に任せよ
五 大乗仏教は混血性を誇ってよい
六 大乗仏教は何のためにあるのか
七 おわりに
略号
註
索引