話題の本【書評】(2024年9月~) - 2024.10.31
靖国問題 【ちくま新書】
戦後60年を経て、今もなお「問題」であり続ける「靖国」。「A級戦犯合祀」「政教分離」「首相参拝」などの諸点については、いまも多くの意見が対立し、激しい議論を巻き起こす。本書では、靖国を具体的な歴史の場に置き直しながら、それが「国家」の装置としてどのような機能と役割を担ってきたのかを明らかにし、犀利な哲学的論理で解決の地平を示す。決定的論考。
はじめに
第1章 感情の問題―追悼と顕彰のあいだ
激しい遺族感情
一様でない感情の対立
靖国と「血」のイメージ
感涙座談会
折口信夫が見た招魂祭
靖国神社が人々に与えたもの
抑圧される悲哀感情
「戦死者と遺族に栄誉を!」
感情の錬金術
「聖戦」・「英霊」・「顕彰」
十分な喪のために
戦死の「大歓喜」
第2章 歴史認識の問題―戦争責任論の向うへ
共同体とその他者
「A級戦犯」合祀問題
東京裁判で裁かれなかったもの
中国の政治的譲歩
分祀は可能か?
スケープゴートと免責の論理
戦争責任論が見落とすもの
「台湾理審」―ほんの一例としての
護るべき「国」と植民地帝国
「英霊」という名の捕虜
第3章 宗教の問題―神社非宗教の陥穽
感情の問題、再び
政教分離問題
首相の私的参拝
存在しない「合憲判決」
改憲か非宗教化か
靖国神社の特殊法人化は何を意味するのか
宗教法人ではなくても…
「神社非宗教」論
祭政分離の効果
キリスト者によるコミットメントの論理
仏教者によるコミットメントの論理
非宗教というカモフラージュ
第4章 文化の問題―死者と生者のポリティクス
「伝統」としての靖国
江藤淳の文化論
靖国を支える政治的意思
靖国は日本文化を代表できるか
特別な死者たち
第5章 国立追悼施設の問題―問われるべきは何か
「わだかまり」の解決策
不戦と平和の施設
欠けている歴史認識
追悼対象の資格
各国の追悼施設
古代ギリシアの葬送演説
個人による追悼、集団による追悼、国家による追悼
「戦争と否定する」施設のために
政治がそれを決める
おわりに
あとがき
第1章 感情の問題―追悼と顕彰のあいだ
激しい遺族感情
一様でない感情の対立
靖国と「血」のイメージ
感涙座談会
折口信夫が見た招魂祭
靖国神社が人々に与えたもの
抑圧される悲哀感情
「戦死者と遺族に栄誉を!」
感情の錬金術
「聖戦」・「英霊」・「顕彰」
十分な喪のために
戦死の「大歓喜」
第2章 歴史認識の問題―戦争責任論の向うへ
共同体とその他者
「A級戦犯」合祀問題
東京裁判で裁かれなかったもの
中国の政治的譲歩
分祀は可能か?
スケープゴートと免責の論理
戦争責任論が見落とすもの
「台湾理審」―ほんの一例としての
護るべき「国」と植民地帝国
「英霊」という名の捕虜
第3章 宗教の問題―神社非宗教の陥穽
感情の問題、再び
政教分離問題
首相の私的参拝
存在しない「合憲判決」
改憲か非宗教化か
靖国神社の特殊法人化は何を意味するのか
宗教法人ではなくても…
「神社非宗教」論
祭政分離の効果
キリスト者によるコミットメントの論理
仏教者によるコミットメントの論理
非宗教というカモフラージュ
第4章 文化の問題―死者と生者のポリティクス
「伝統」としての靖国
江藤淳の文化論
靖国を支える政治的意思
靖国は日本文化を代表できるか
特別な死者たち
第5章 国立追悼施設の問題―問われるべきは何か
「わだかまり」の解決策
不戦と平和の施設
欠けている歴史認識
追悼対象の資格
各国の追悼施設
古代ギリシアの葬送演説
個人による追悼、集団による追悼、国家による追悼
「戦争と否定する」施設のために
政治がそれを決める
おわりに
あとがき